Updated: 2010/03/18

連載(12)「兼業作家」は北海道を掘り起こす/成田智志さん

By 北海道日刊スポーツ新聞社

連載(12)「兼業作家」は北海道を掘り起こす/成田智志さん


初の長編小説でいきなり全国的な知名度を得た。江別市在住の成田智志さん(46)は昨年11月に執筆した「監獄ベースボール 知られざる北の野球史」が10日、昨年のワールド・ベースボール・クラシック日本2連覇を記念して創設された「第1回サムライジャパン野球文学賞」の特別賞を受賞した。初の小説は400字詰め原稿用紙700枚の大作。それでも「今だから言う訳ではないですが、不思議なもので書けそうな気がしていた」と、手応えはあった。

 「兼業作家」だ。岩見沢高等養護学校の教諭を務めながら、作家活動をする。江別高時代に野球部ながら誰にも言わず「税に関する高校生の作文」に応募し受賞したことがある。「書くことが好きなんですよね」。エッセーなどを地元の同人誌に寄稿するなどしてきた。学校では文芸部の顧問を務め、高校生を指導してきた。成田さんに転機が訪れたのは06年の夏だった。

 休日、月形町にある「月形樺戸博物館」に足を運んだ。1881年(明14)、内乱で逮捕された国事犯、反乱分子を収監する必要に迫られ、全国で3番目となる集治監「樺戸集治監」が建てられたことを知った。その10年後、3代目典獄(監獄所長)として就任した大井上輝前(おおいのうえ・てるちか)が囚人教化のために「ベースボール」を採用したという事実が記されていた。その一文に衝撃を受けた。

 過酷を極めたはずの北海道の囚人とベースボール―。この組み合わせに心を奪われた。担任を持たなくなったこともあり、休日は取材に没頭した。思いついたら小さなメモに筆を走らせた。自宅に帰るとパソコンの前に座った。「机に向かえる環境ならば(キーボードを)打ち続けた」。気持ちを抑えきれなかった。「不況下の北海道で100年前のことを振り返って何になると言われるかもしれない。それでもこれほどの功績を残した人が、なぜ歴史に埋もれ、評価されないのか」。使命感と義憤に突き動かされた。08年3月に書き始めた作品が完成するまでに1年を要した。

 書くことが「教師という職業に還元できる」という。いろいろな取材を通じて人と出会った。視野が広くなった。「昔はすぐ、結果を求めてしまっていた。今は気長に待つことができるようになりましたね」と話す。生みの苦しみが教育者としても成田さんを強くしたのかもしれない。次作は坂本竜馬のおいで北海道に移住した直寛をテーマにする予定だ。「北海道に育った僕は、北の大地の香りがするものを書き続けていきたい」。今、あらためて強く思う。【上野耕太郎】

 ◆成田智志(なりた・さとし)1963年(昭38)12月18日、千歳市生まれ。6歳から江別市に移り、江別高卒業後、北海学園大法学部に進学。卒業後、札幌学院大英米文学科に入学し教員を目指す。88年に美瑛高の臨時職員に。苫小牧東高、置戸高を経て93年に現在赴任している岩見沢高等養護学校に。02年には北海道教大札幌、岩見沢校の大学院を卒業。家族は妻。趣味は映画観賞。

 ◆監獄ベースボール 09年11月、亜璃西社(札幌市中央区)から発行。1680円(税込み)。明治中期の北海道で囚人の教化のために野球を採用した典獄(監獄所長)がいた。北海道開拓のために作られた監獄「集治監」の典獄、大井上輝前は米留学で出会ったベースボールとキリスト教を囚人たちに伝えた。石炭採掘など過酷な労役などに苦しむ囚人たちに希望の光を与えた大井上の半生を描いた歴史小説。綿密な取材を重ね、400字詰め原稿用紙700枚分の大作に仕上がった。

 ◆成田さんの北海道特選
 ▽風景 長沼町の北長沼に、なだらかな丘がある。そこの夕日は絶景。心の洗濯になります。長沼には「KOO’S CAFE」という喫茶店があって、そこは本当に落ち着きます。その喫茶店が丘の途中にあるのですが、そこを上がりきると、道央圏では最高じゃないかと思う風景に出会えます。

back to top

northstyle Hokkaido  Sports and Life style

©2019 ノーススタイル northstyle -Hokkaido Sports and Life style- by KJ PRODUCTION Co.,Ltd. All rights reserved.

Powered by

KJ PRODUCTION

日刊スポーツ