Updated: 2010/01/28

連載(5)第2の故郷「十勝を編む」/広瀬 光治さん

By 北海道日刊スポーツ新聞社

連載(5)第2の故郷「十勝を編む」/広瀬 光治さん


 「ニットの貴公子」は中札内村で夜なべしていた。NHK「おしゃれ工房」の講師を務めた広瀬光治さん(55)は03年、同地に別荘を持った。05年から昨年末までは、その横に併設された「広瀬ニット館」で作品を展示してきた。「本当に好きな土地ですね。第2の故郷です」とその思いを口にした。

 別荘には年に5度程度、訪れる。知人から誘いを受けたのがきっかけだ。「私はそれほど都会ではないですが埼玉の出身。やはり雑音はあります」と話す。別荘を購入する前、中札内に宿泊した時のこと。夜の光のない世界、音のない世界―。その静寂とピーンと張った空気に心を奪われた。セカンドハウスを持つことを決めた。

 「十勝を編む」。創作意欲をかき立てられた。編み物の組み合わせは無限大。「夕日が何色にも変わっていく。この風景をニットに」「このキャベツ畑はすばらしい」「庭にリスがいた。このかわいい姿をセーターの中に」。次々と題材が目の前を通り過ぎていく。「北海道は私にヒントをくれる。もっと、もっとやることがあると教えてくれる」とおだやかな口調にも熱がこもった。
 編み物が本当に好きだ。テレビに登場した後、ブラウスとニットの組み合わせという女性っぽい服装、その容姿も注目を集めた。広瀬さんにとっては好都合だった。「男の人が編み物を着て、女性の服を着て。『あの人って何者』と(コラムニストの)ナンシー関さんらが書いてくれた。私にとっては『しめしめ』って感じでした。編み物を広められますから」といたずらっぽく笑った。

 「ものづくり」は心を豊かにしてくれると信じている。01年9月11日の米中枢同時テロ以降、公園で編み物をする人が増えたといわれている。「女優のジュリア・ロバーツが『私は編み物が好き』と公表したり、かつてはセレブっぽい趣味でした。それがテロ以降、『気持ちのはけ口』として編み物をする人が増えました。単純作業ですが心を落ち着かせる作用があるかもしれませんね」。

 かつて「ハンドメード」は身近だった。サイズや流行が合わなくなったら毛糸をほどいて作り直した。手づくりが少なくなった今、子どもたちへ技術を伝えていく。「子どもたちが『あの男の人が作ったマフラーは、首が温かかったなぁ』と思ってくれるだけでいいんです」。技術だけではない。ぬくもりも次世代に伝承していく。【上野耕太郎】

 ◆広瀬光治(ひろせ・みつはる)1955年(昭30)1月28日、さいたま市出身。高校卒業後に宝幸水産に入社し経理を担当。築地で仕事をしながら霞ケ丘技芸学院の夜間部に通学。78年に出版社の日本ヴォーグ社へ転職した。93年にNHK「おしゃれ工房」でテレビ出演し、全国区に。そのルックスから「ニットの貴公子」と呼ばれている。99年に退社しフリー。独身。

◆広瀬さんの北海道特選
 ▽場所 然別湖が好きです。冬の「氷上露天風呂」は最高。顔が凍りそうで、体は温かいという感覚は何とも例えがたいですね。
 ▽食べ物 ジャガイモ、牛乳、ビール、ツボダイ。特にツボダイは東京ではほとんど食べることができない。あと私はこう見えて若い時は日本酒1升、飲めました。根室の日本酒「北の勝」が好きですね。
 ▽遊び 乗馬です。本州ではぐるぐる回るだけですけど、北海道は自然とともに馬に乗れる。最高です。

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