湯口 公

Isao Yuguchi

湯口 公

極北・飛行作家

湯口 公(ゆぐち いさお)
極北飛行家、自然派作家(写真、映像、文章)

昭和46年10月10日生まれ
現住所:北海道倶知安町


今回、縁あってNorthstyleに参加させて頂いた湯口です。
どうぞよろしくお願いします。

かなり不思議な経歴ですが(興味のある方は以下の経歴をどうぞ)

冬は北海道でアウトドア、夏の間はアメリカの北にある「アラスカ」という極北の地で
自分の飛行機「ハスキー」を使って飛ぶ、と言うことをやっています。

飛んだり、写真撮ったり、文章書いたり、狩猟したり、パウダー滑りに行ったり、映像作ったり・・何屋さんですか?とよく聞かれますが、みんなが自分だけの価値観を見出せるような世の中になれば、何と呼ばれてもいいかな、と思っています。

自然に対する営みを軸として
様々なアウトドアの融合を試みてゆこうと思っています。


最近は、
冬ニセコでパウダー&狩猟&カヤック →夏アラスカで飛行&狩猟&アウトドア

という生活スタイルです。


以下、執筆、撮影活動の一端ですが、参考にして下さい。

ホームページ  http://www.talkeetna.jp

DVD、BD版「アラスカ極北飛行」を発売してます。
http://www.talkeetna.jp/shop/index.html

「アラスカ極北飛行」という本を2008年7月1日に出版しました。
http://www.talkeetna.jp/shop/index.html

amazonでも購入可能です。
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%93%92%8C%FB%8C%F6&x=0&y=0


〜経歴〜

 東京生まれ北海道旭川育ち。弘前大学理学部卒業後、約 10 年間航 空自衛隊で勤務(F-15 戦闘機パイロット)。在隊中の 2005 年に米国アラスカ州 で実施された演習に参加し、極北の壮大な空を戦闘機で飛行、その時の感動が次 の夢である極北飛行家を目指すきっかけとなり、同年退職する。

 購入した自家用軽飛行機「ハスキー」と共に、アラスカの荒野深くに分け入り 着陸した後、各種アウトドアを実践する「野営飛行」が主な活動内容。2007 年 夏には、アンカレッジ~北極海往復の単独飛行を成功、2008~2009 年には、飛 行機でしかたどり着けないアラスカ全土 100 以上のネイティブ村への飛行を達 成する。
 
 将来は愛機と共にアラスカでの永住を夢見つつ、日本では北海道、倶知安町を 拠点に冬を中心としたアウトドア活動も積極的に実践している。活動先での映像 や写真をもとにして作品を手がける「野営飛行舎」を主宰。2009 年 6 月には、「DVD アラスカ極北飛行」を独自製作、販売開始。今後は自身のアラスカ冒険飛 行、北海道でのアウトドア活動の紹介を通じて、生きること、挑戦することの尊 さを感じてもらえれば・・と思っている。

ライフワークとしての活動
アラスカ飛行、狩猟、冬山登山、テレマークスキー、フライフィッシング

ワーク 映像製作、写真撮影および展覧会開催、講演会、各種執筆

Read more

極北アラスカ通信vol.14(フラックスマン島)

31
May

CATEGORY : Diary

北極海という名の氷原を飛びながら、
航空地図を眺める。

氷が一帯を覆うハッキリしない地形では、
地図だけが周辺になにがあるかを教えてくれる。

ふと細長い地形である島の名前を見てみると、

Flaxman Island

と書いてある場所があった。


フラックスマン島・・・聞いたことがある。


たしかフランク安田が、ここで住んでいたはず。

もしかして、
まだその当時の家はあるのだろうか?


早速、北極海を西進しフラックスマン島を目指してみる。








フラックスマン島はポリゴンで形成され、
あまり見たことのない雰囲気だ。

しかし、島には霧が立ちこめて
建造物があるかどうかは、なかなか確認できない。

何回も島の周りを飛び続け、
霧の切れ間からフランク安田が住んでいたであろう家を探す。

しかしながら霧が濃く、なかなか発見できない。
何回も島の周りを旋回しているのだが・・

ほぼあきらめかけた時、霧が少し晴れてきて、
廃屋のような建造物が出てきた。








屋根が吹き飛び、ひどい状態だが
家らしきものは、確かにそこにあった。


北極海沿岸部らしい濃い霧の中、
ひとつ、日本人の痕跡を見つけられた喜びを感じる。


そしてひとり飛びながら、
変化と移動に富んだ運命の中、
フラックスマン島に一時、
住んだフランク安田のことを思いつつ、


移動は我々の本質であり、
移動そのものに意味があるのではないか


などと思ってしまう。



流れず澱んだ水に価値がないのと同じで、
我々は少なくとも、
現時点で移動と連続的な思考をやめてしまったら、そこでアウトだ。



その後、北極海の霧はさらに濃くなり、
私は逃げるように針路を南へ、
スーザンの待つカビックへと戻った。


2010/05/31 0:54:12 | リンク用URL

  • Close

この記事のURL

http://www.northstyle.jp/home/blog.asp?uid=55&id=146

※記事のリンクを張る際は上記のアドレスを
指定して下さい。

0

Comments

0 comments for 極北アラスカ通信vol.14(フラックスマン島)

この記事に対するコメントはありませんでした。

Post your comments

名前 : * コメント : *
URL :
タイトル :
画像認証:

※スパムコメントを防ぐため、コメント投稿時に画像認証が必要です。
※ブログの管理者によってコメント内容を確認します。内容を確認するまでコメントは掲載されません予めご了承ください。

画像に表示されている数字を入力してください。

back to top

極北アラスカ通信vol.13(北極海へ)

29
May

CATEGORY : Diary







北極海まで45分ぐらいの場所にいる私は、
ちょっとそこまで、の感覚で

Arctic Sea

を見に飛んできました。


地図を見ながら、
真北を進み北極海を探します。

しかし、このまま進めば、
北極海が前方に見えるはずなのに
海と陸の境界線であるはずの海岸線はどこにもない。


コンパスがおかしいのだろうか??

操縦席でひとり、よくよく考えてみると、
目の前にあるはずの海の上には、
海氷が視界の限りを埋め尽くし、

操縦席の向こうは、限りなく広がる氷原・・・


まだこの時期でも、北極海は氷に覆われ、
景色は、壮大な冬なのです。


フェアバンクスは、真夏日が続く毎日という話なのに
この違いったら、いったい・・・・どういうことなのだろうか。


果てしなく続く海氷の上を
ずっと飛び続け、北極点まで行きたくなる衝動を抑えて
海岸線をしばし、物思いにふけりながら飛んでおりました。





2010/05/29 3:54:34 | リンク用URL

  • Close

この記事のURL

http://www.northstyle.jp/home/blog.asp?uid=55&id=144

※記事のリンクを張る際は上記のアドレスを
指定して下さい。

0

Comments

0 comments for 極北アラスカ通信vol.13(北極海へ)

この記事に対するコメントはありませんでした。

Post your comments

名前 : * コメント : *
URL :
タイトル :
画像認証:

※スパムコメントを防ぐため、コメント投稿時に画像認証が必要です。
※ブログの管理者によってコメント内容を確認します。内容を確認するまでコメントは掲載されません予めご了承ください。

画像に表示されている数字を入力してください。

back to top

極北アラスカ通信vol.12(ブッシュパイロット・ママ)

27
May

CATEGORY : Diary







私は、ノーススロープを飛ぶブッシュパイロットたちの
お母さんのようなものよ。

誰がどこでいつ飛んでいるのか、いつ戻ってくるのか、
いつも掌握しているの。
特に夏は、沢山の数のパイロットが来るから、
そのすべてのリストを作って
誰がどこに行っていつ戻ってくるのか、必ず聞いているわ。

たまに濃い霧のときに、燃料がなくなって迷ってしまったパイロットが
川を頼りにふらふらと朝3時ぐらいにカビックへ降りてくることがあるのよ。

そのときは私も起きて、
コーヒーを入れてあげて即席ピザを食べさせて
ゆっくりと休ませてあげるの。


ロジャー・ケイというブッシュパイロットは、
本当にこの場所が気に入って
いつもここに給油ついでにコーヒーをのみに来るわ。

彼は、とある晴天の日ここにやってきて、

「スーザン、もう今日は飛びたくないから、霧を作ってくれ」

って私に言うの。

霧の日は、無線機の調子も悪くなることを知っているから、
私は、デッドホースにある彼のボスのいるオフィスにわざと雑音を作って

「こちら、、ザーッ(わざと雑音を作る)、カビッ(ザー・・・)ク、
海霧が(ザーッ)・・・飛べない気象状態(ここだけはハッキリと言う(笑))」

と無線で、霧を作ってあげたわ。

もう飛ばなくて良いと安心したロジャーは、晴天のなか愛用の椅子を外に持ってゆき、
のんびりと大好きなスコッチを傾けながら、ツンドラを眺めてリラックスしていたわ。
ロジャーは、それはもう幸せそうだった。

私はそれ以来、
食事やコーヒーの他にも、霧だって作ってあげちゃうの。



でもある日、こんなことがあった。

いつか、2人の大人と子供が飛行機でここへやってきた。
一組は親子で、その親の友人が一緒と言うことだった。

私は握手して挨拶したあと、
彼らが燃料が欲しいというから燃料を入れてあげて、
サンドイッチを作ってあげた。


彼らはシープハンティングに行くというので、
どこにいくの?いつ帰ってくるの?
と聞いたわ。

すると、

「2,3日後に戻ってくるよ、場所はだいたい・・・」

とはっきりしない答えが返ってきた。

あるハンターは、シープのいる場所を秘密にしているから
それも仕方ないかと思って、そのまま聞き流したの。
ただここに戻ってくると言うことだけはきちんと確認した。

その後、その親子と友人は、
シープハンティングへブルックス山脈へ飛んでいった。

それから、数日後、
この周辺は、とても悪い天気になったの。

飛行機が飛べるような天気ではなく、
州警察からあの親子の飛行機ナンバーの確認の電話がかかってきたわ。
でも、親子は場所を私に正確に教えてくれなかったから、
どこにいるのか分からなかった。
彼らは戻ってきていないのでまだ山脈のどこかにいる、とだけ伝えた。

私はきっと、あの親子が山の中で天気が悪くなって離陸できず
連絡がつかなくなっているのだと思ったわ。

その後、どうしようも出来ない数日を過ごしたあと、
その親子の子供だけが10日後に救出された、という連絡を聞いた。

話を詳しく聞くと、
大人二人でシープの場所を見るために山脈を飛んでくるから、
子供は待つようにと言われたそうだ。
しかし、それからずーっと父親とその友人が乗った飛行機は
戻ってこなかった。

ひとりでキャンプ地に残された子供は、
心配になったがどうすることも出来きず、ただクマの恐怖と戦っていた。

父親たちが帰ってこない不安の中、
それからしばらくして子供は、地上に石を置いて
「HELP」という救出して欲しい旨の文字を作って、待ち続けた。

すると10日後に救助が訪れた。

そしてあとで分かったことだが、父親と友人が乗った飛行機は、
どこかの山で墜落してしまったということだった。


スーザンは言う。

ハンティングをしたり、飛行機を飛ばしたり、
そういうことをするだけでも、アラスカは本当にハードな場所なの。

だから私は、ここを自分の家のようにして
戻ってきて欲しいし、いつも無事を願っているわ。
でもいつも願うことしかできない。

だからあなたも、いつも安全を最優先に飛ぶのよ。
飛行機は壊したっていい、どれだけお金を使ったっていい、
ツンドラだって踏みつぶしたっていい。
でも自分は生き残るというシンプルなことだけは絶対に
おろそかにしないで。

それが、ここの唯一のルールなのよ。

2010/05/27 5:30:00 | リンク用URL

  • Close

この記事のURL

http://www.northstyle.jp/home/blog.asp?uid=55&id=143

※記事のリンクを張る際は上記のアドレスを
指定して下さい。

0

Comments

0 comments for 極北アラスカ通信vol.12(ブッシュパイロット・ママ)

この記事に対するコメントはありませんでした。

Post your comments

名前 : * コメント : *
URL :
タイトル :
画像認証:

※スパムコメントを防ぐため、コメント投稿時に画像認証が必要です。
※ブログの管理者によってコメント内容を確認します。内容を確認するまでコメントは掲載されません予めご了承ください。

画像に表示されている数字を入力してください。

back to top
back to top

northstyle Hokkaido  Sports and Life style

©2019 ノーススタイル northstyle -Hokkaido Sports and Life style- by KJ PRODUCTION Co.,Ltd. All rights reserved.

Powered by

KJ PRODUCTION

日刊スポーツ